はじめに~事実は小説より奇なり~

 竹炭焼きという仕事が、この平成の世の中では珍しいという事もあるかもしれませんが、初対面の方からまず聞かれるのは「何故、竹炭焼きを!?」という質問です。

 

屋号が三代目伝徳なので、「先祖代々炭焼きさん?」と言われたり、「老舗の竹炭屋さんなんだね!」と勘違いされたりするのですが・・・

 

実は竹炭焼きを始めたのは、平成20年(2008年)のことです。

竹炭焼きを始めたきっかけをお話すると、まるで良くできた作り話の様で、なかなか直ぐには信じてもらえないのですが・・・

 

『事実は小説より奇なり』という」言葉がありますが、竹炭工房 三代目伝徳誕生の裏側には、まさに小説の様な物語が隠されています(笑)

 

少し長い話になりますが、良かったらどうぞお付き合いくださいね!!!

 

 

それは、あまりに突然すぎて・・・

プロフィールでもご紹介したのですが目出度く!?関西人の仲間入りをしたはずのムコどのは突然サラリーマンを卒業してインドの北部チベット文化圏にあるラダックへNGOのメンバーとして旅したり、意識の探究のため海外へ赴いたりと不思議な行動をしていました。(写真はラダックのオアシス)

 →プロフィールはコチラ

そんなムコどのが自由人となり最初にお手伝いをしたのが、地球温暖化を防止するための新聞”号外”を日本中の各家庭に配ろうという活動でした。 

その活動の中心人物、元吉本の芸人さんだったNPO代表”てんつくマン”の講演会が、平成20年(2008年)3月に舞鶴で開催されることになり、ムコどのもボランティアスタッフとして準備や案内のお手伝いをしておりました。

 

その姿を見て、三代目伝徳さん夫婦も講演会に参加することに・・・

 

この”てんつくマン”という人物、路上詩人としても有名で相手の目を見てインスピレーションで言葉を書くという活動もしていました。

 

せっかくなのでと三代目伝徳さん夫婦も色紙に書いてもらったのですが・・・

 

 

その言葉を見るやいなや、おかあちゃん号泣(笑)

 

 

「なんで!!!”この人”私の事分かるんやぁ~!?」

 

「事前に何か話したんちゃう!!!」

 

 

と、ムコどの詰め寄られたのですが・・・(汗)

 

 

今思うと、その辺りから、ちょっとスイッチが入っていたのかもしれませんが、

 

その後、講演会が始まり前半は自身の生い立ちや自叙伝的な話が中心だったのですが、後半は1ヶ月後に迫った『中国内モンゴル植林ツアー』の話が大半を占め

 

「皆さん、一緒に内モンゴルの砂漠に植林をしに行きましょう!!!」

 

と熱く熱く語って講演会は幕を閉じます☆☆☆

 

 

翌朝、イベントも無事終了して寛ぎながら朝食をとっていたムコどのに、やおら

おかあちゃんからの一言

 

「私ら、モンゴルに植林しに行ってくるわぁ~~~」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

 

 

こんな、いきなりな大発表に、ムコどのスグには言葉もありませんでした(笑)

 

 

そこからは、怒涛の一カ月が始まります!!!

 

前回参加された知人にアポイントを取り、持ち物や注意事項などのアドバイスを頂いたり、現地の情報を集めたり、必要な服や小道具を買い集めたりと、あっという間に時間は過ぎていき、出発!!!

 

この時点では、竹炭の”た”の字のかけらも無かったのですが・・・

 

運命のイタズラがスタートしていた事を、まだ誰も知りませんでした(汗)

 

 

内モンゴル植林ツアー!!!

意気揚々と中国内モンゴル植林ツアーに出発した三代目伝徳さん夫妻ですが、参加者の多くは自分たちの子供!?又はそれより若い世代ばかり(^^ゞ

”おかあちゃん”という名前はその時みんなから親しみをこめて付けられたニックネーム!!!

 

そんな植林ツアーに、明らかに他の参加者とは違った雰囲気を漂わせて、

いつもデニムのシャツにジーンズといういでたちの年配の男性が一人☆☆☆

何を隠そう、この人物こそが私たちの竹炭の師匠 新野惠さんだったのです(^^ゞ

新野さんは”てんつくマン”と共に、この植林事業を立ち上げた張本人!!!

毎年、このツアーに参加し砂漠に炭を撒き続けていたのでした。

 

現地滞在中、何度となく竹炭の話を新野さんの元に聞きに行っていたのは、他でもない三代目伝徳さんでした~~~(笑)

実は三代目伝徳さん子供の頃、父親の手伝いで炭焼きをした経験があり新野さんの一風変わった竹炭の話に次第に惹きこまれ、その著書『雲の上に木を植える』を現地でほぼ読み終わってしまうほど熱中していたようです。

 

その熱い熱い、”竹炭熱”!?を携えて帰国することなどムコどのは当然知る由もありませんでした(笑)

 

※写真は、その植林ツアーの模様も収録されている”てんつくマン”のドキュメンタリー映画『107+1~天国はつくるもの~ part2』のポスター!

その中央にキャップを被った三代目伝徳さん、笑顔で収まっています(^^ゞ

 

 

山口の”竹炭仙人”

内モンゴルから帰国した三代目伝徳さん、植林活動の土産話を楽しみにしていたムコどのの期待とは裏腹、口を開けば!?

「竹炭がなぁ~、竹炭がなぁ~」

の繰り返し(笑)あまりの熱意にムコどのも『雲の上に木を植える』を読み始めるのですが・・・ 

いわゆる竹炭の話よりも、新野さんが経験してきた不思議な体験がたっぷり盛り込まれていました!!! 

もともと不思議な世界が大好きなムコどの!?一気にその世界に惹きこまれていきまして、ぜひ新野さんに実際にお会いして話が聞きたい!!

との思いが日に日に強くなるのを感じていました。その頃、三代目伝徳さんはと言うと既に竹炭焼きの窯を据え付ける場所の設計図を書いていまして((爆))

 

こうなると話は早いですね(^^ゞ 山口に住む竹炭仙人こと新野さんに会いに行き

竹炭焼きを体験してみよう!!!となりました。

 

平成20年(2008年)5月、三代目伝徳さん、おかあちゃん、そしてムコどのは、竹炭仙人が待つ山口県宇部市まで車を走らせました。

そこでは当然、竹を伐り、窯に詰め、火入れをするなどの竹炭焼き体験が出来るものと思っていましたが・・・待っていたのは、竹炭ペンダント作り!?

 

「まあ、これを磨きなよ」

 

と言われ、滞在していた3日間はひたすら、紙やすりで竹炭を磨き、手も顔も

真っ黒(笑)

 

なんか、思っていた展開とは違うなと感じていたのですが・・・

 

竹炭を磨いている間も、ご飯を食べている時もず~~~と新野さんの竹炭哲学に触れ続ける事が出来、実はとても贅沢な時間を過ごす事が出来たのです☆☆☆

 

この貴重な体験のお陰で三代目伝徳さんはモチロンですが、ムコどのも竹炭焼きを一緒に手伝う決心ができ、実際に窯を綾部に据え付けるスケジュールもその場で決めて帰ってくる事になりました!!!

 

その時に、新野さんから言われた事は、

 

「道楽ではするなよ!!!」

 

「竹炭焼きを始めたら趣味を無くすよ!!!」

 

この2つの事でした(^^ゞ

 

まさか、本当に趣味を無くす事になるとは、山登り、スキーという共通の趣味を持つ三代目伝徳さん、ムコどの、ゆめゆめ思ってもいませんでした(笑)

 

 

※写真中央に写っている優しそうな(実際にとても優しいですが・・・)方が

 竹炭仙人こと、㈱サクセス アイ代表 新野惠さんです。

 

 → ㈱サクセス アイのホームページはコチラ

 

 

竹炭の無限の可能性に魅せられて

これまで、竹炭との出会いやきっかけなどの経緯をお話してきましたが、

 

「なぜ!?竹炭なのか?」

「どうして、焼こうと思ったか?」

 

などなど、まだ、竹炭への想いをお話していませんでしたね(^^ゞ

ここでは、その辺りについてご紹介させて頂こうと思います!!!

 

新野惠さんの著書『雲の上に木を植える』を読み、そしてご本人から直接、独自の”竹炭哲学”を伺ううちに、竹炭に秘められている無限の可能性に惹き込まれていきました。

 

なぜなら世間で知られている、消臭、湿気取り、水の浄化などの利用方法の他に自然や人の本来性を引き出し、健やかにするという今までの常識では考えられなかったような事を可能にする力が竹炭にはあると感じたからです。

その著書で新野さんは、元気の無くなった松の木の根元に竹炭や竹酢を撒く事で木の勢いを蘇らせたり、山に炭を撒き自然環境を整えることに成功した事例などを数多く報告されていました。

 

また、医学的にも治療の困難な病気が魔法のように治ってしまったり、原因不明の感染症を改善してしまったりと俄かには信じられないような出来ごとの数々を活字で目にし、正直その危うさを懸念しないわけではありませんでしたが、それ以上に竹炭の持つ、そして新野さん自身が持つ不思議な魅力、不思議な世界に惹き込まれていくことを止めることはできませんでした。

 

これは、私ムコどのだけでなく、三代目伝徳さんも同じような思いを持ち、感じていたようでした。

 

今考えてみると、そのことに加え私ムコどのは子供の頃から植物や自然が大好きで高校時代には生物部にも在籍し、植物図鑑を片手に利根川河川敷のフィールドワークをしていた事とも無関係では無いような気がします。

 

そして何より、竹炭焼きを始めるのに大きな影響を及ぼしていたのは子供の頃から何度か、大ケガや大病を繰り返し現在は障害者手帳(2種3級)を持つ身となった私ムコどのが人一倍健康に対しての意識が高かったということもその要因にあげられるでしょう。

病気やケガなどで体調を崩している方に、医師でも治療家でもない私が、

 

何かお役にたてる道があるのではないか?

また、ぜひお手伝いをしたい!

 

という想いは潜在意識の中で常に持ち続けてきたことなのでしょう。

こうした”目に見えない世界、目に見えない力”に背中を押されるようにして、

いよいよ、竹炭焼きを始めることになりますが、それは章をあらためて・・・

 

 

かぐや窯がやって来た!!!

平成20年(2008年)8月29日

新野さんが考案した竹炭焼き専用窯、その名も”かぐや窯”が綾部にやって来ました!!!

ナント!?山口から御年74歳の竹炭仙人お一人で自ら車を運転して運んできて下さいました(^^ゞ 

当日は三代目伝徳さん、ムコどのの友人知人総動員で!?お手伝いいただき所定の位置に無事設置して、正午からは最初の火入れ☆☆☆

お米、お塩、お神酒をお供えし、竹炭の神様・火の神様・かぐや窯など八百万の神様にお祈りをし、点火しました!!!

 

そのお祈りの仕方が独特なのですが・・・

 

「今回も素晴らしい竹炭を焼いてくださいまして、ありがとうございました!」

 

皆さん、お気づきになりましたか???

 

そう、お祈りが過去形なんです(笑)

 

いわゆる、お礼の先渡しというやつです((爆))

 

あらかじめお礼をすることで、緩やかなプレッシャーを神様にかける!?

 

という竹炭仙人ならではのユニークな発想(^^ゞ

(もちろん現在でもこのお祈りの儀式は欠かすことが出来ません)

 

 

点火後も新野さん、3日間泊まり込みで手取り足取り、竹炭焼きを一からご指導くださいました☆☆☆

 

 

新野さんの素晴らしい所は出し惜しみしないという事

 

 

自分が持っている知識、技術を余すことなく全て伝えてくださいました!!!

 

お陰様で竹炭工房 三代目伝徳では新野さん無しの2回目の火入れからも十分商品として通用する硬く締まった竹炭を焼く事が出来るようになりました。

普通こういった技術の伝承には年単位の期間を必要とするものだと思いますが、そういった助走期間を経ることなく、

竹炭工房 三代目伝徳は独り立ちし!?

歩き始める事が出来ました☆☆☆

 

 

素晴らしい師に巡り合えた幸運、今でも感謝の念に堪えません。

 

 

こうして、人のご縁が次から次へと繋がり、あらゆる物事のタイミングが合致して、気がつけば竹炭焼きを始めることになったわけですが、

まだ、皆さんが???

と思っている屋号 三代目伝徳誕生の謎は残ったままですね(笑)

 

次章では、いよいよ その謎解きとまいりましょう~(^^ゞ

 

 

※写真は設置直後の”かぐや窯”。普段は窯の外側を保温のために土で覆い、その周りをコンパネで囲んでいますので”かぐや窯”本体の姿を見る事が出来るのは貴重なんですよ(^^ゞ 特別に皆様に公開します☆☆☆

 

 

三代目伝徳☆誕生!!!

今まで、不思議なご縁で師匠と出会い竹炭の魅力に惹きこまれ、竹炭焼きを決意して窯を設置し、炭焼きを始めるまでの物語をご紹介してきましたが、

 

肝心な屋号竹炭工房 三代目伝徳の謎については、まだ謎のままでしたね!

 

あまりもったいぶらずに!?そろそろご紹介します(笑)

 

せっかく竹炭焼きを始めたのだから、なにか相応しい屋号が欲しい!!!

 

ということで皆で話し合っていたのですが・・・

 

もともと窯を設置した場所というのは、三代目伝徳さんの生家!!!

 

三代目伝徳さんのお祖父さんが独立して、若き日に建てた特別な家☆☆☆

 

この土地、屋敷が無ければ竹炭焼きをする事が出来なかったのだから、ご先祖様に感謝する意味も込めた”ご縁のある屋号”が付けられないだろうか???

 

何かヒントは無いものかと、ムコどのヒアリングを続けていると・・・

 

 

「そう言えば、お祖父ちゃん 伝徳って呼ばれてたなぁ~」の一言

 

 

実は三代目伝徳さんのお祖父ちゃんの本名は徳蔵と言います。

 

その徳蔵さんのお父さんの名前は伝兵衛

 

そこで、お祖父ちゃんは伝兵衛さんのところの徳蔵さん

 

略して”伝徳さん”と呼ばれていたそうです!!!

 

徳を伝える”伝徳さん”☆☆☆

 

これは良い名前だ!!!

 

ということになりましたが・・・

 

そこで、もう一言

 

「お祖父ちゃんからは、初孫という事もあり”三代目”とよばれてたなぁ~」

 

これだっ!!!

 

「お父さんは、三代目伝徳さんだね!!!」

 

ということで、気がついたらとっても素敵な屋号が誕生しました☆☆☆

 

 

竹炭工房 三代目伝徳

 

 

今では、皆さんから

 

 

伝徳さん!

 

三代目!!

 

竹炭(たけすみ)さん!!!

 

 

 

と親しみを込めて呼んで頂いています(^^ゞ

 

                       

 

そして、竹炭大使が・・・

こうして、家族4人で力を合わせて竹炭焼きを始めることになった竹炭工房 三代目伝徳。

当初はイベント会場などに出店し販売しようとしても、

 

竹炭???

バーベキューに使う燃料!?

 

などなど、なかなか竹炭の価値を認知してもらえませんでした。

なんとか、竹炭の利用方法を一人でも多くの方に知ってもらいたい!!!

そのためには、質の良い竹炭を焼くだけではダメだ・・・

 

そう痛感した私ムコどのは、竹炭職人として生きる道ではなく、竹炭と一緒になってその魅力や可能性を伝える仕事に徹しようと決意しました。

 

ここに、めでたく!?世界でただ一人の”竹炭大使”が誕生しました☆☆☆

 

今までも優秀な竹炭職人は存在したと思いますが、その使用方法や可能性などを丁寧に伝えてきた人は、師匠 新野惠さんを含めごく少数だったと思います。

 

私がお客様と直接会ってお話できる対面販売を重視してきたのもそのためです。

 

これからも、竹炭大使は皆様とのひとつひとつの出会いを大切に竹炭の魅力や、その可能性をお伝えし続けてまいります!!!

 

 

 

 

竹炭工房 三代目伝徳の誕生秘話☆☆☆

 

 

お楽しみいただけましたでしょうか???

 

 

かなりの大作!?となりましたが、

 

みなさん、如何でしたか?

 

根気強く、最後までお読み頂きました事

 

感謝申し上げます

 

 

ありがとうございます!

 

 

皆様との素敵なご縁に

 

 

  

感謝☆感謝☆感謝

 

 

                                 (完)

 

 

                         文責:竹炭大使(^^ゞ